カネゴンの日だまり


影姫「貴方、書庫を掃除していたら、こんな本がありました。」
黒猫館館長「これは「河出書房新社ものがたりむ」シリーズの中の一冊だな。
このシリーズは非常に質の高い作品が多かったと記憶している。」
影姫「どうもこの本は伝記のようですね。」
館長「そのとおりだ。この本は第一次怪獣ブーム(「ウルトラQ」〜「ウルトラセブン」)
の怪獣のぬいぐるみを製作した高山良策氏の小説仕立ての伝記ともいえる本だ。」
影姫「高山良策とはどんな人物ですの?」
館長「高山氏はもともと「戦争」や「水俣病」などを題材とした社会派の画家として
出発した人物だ。しかしさっぱり彼の絵は売れなかったらしい。」
影姫「売れない芸術家というものは今も昔も悲惨なものですね。」
館長「しかし高山氏はある時アルバイトでやっていた怪獣のぬいぐるみが円谷英二
に認められ、『ウルトラQ』の怪獣の造形の仕事を担当することになった。」
影姫「なるほど。「人生、至るところに青山あり」とはまさにこのことですね。」
館長「そのとおりだ。デザイン>成田亨、造形>高山良策のコンビの怪獣は今日では
美術界から「シュールレアリスムの造形物」と評価されるほどだ。」
影姫「昔と比べれば隔世の感ありですね。」
館長「高山氏はこの本の中でこう言っている。『怪獣というものは悲しい
生き物であって、形は恐ろしいけれど、よくよくながめると哀しみとあいきょうが同居
しているんだ』と。」
影姫「確かにわたしも昔TVで観ましたよ。「ジャミラ」とか「ウー」とか悲しい怪獣
が結構多かった気がします。」
館長「わたしがウルトラ怪獣で最も好きな「カネゴン」についても高山氏はこう
コメントしている。『こいつは僕の怪獣の中でも変わったやつでね。ユーモラスだが
経済戦争で犠牲になった人間がテーマだったのかもしれない』。」
影姫「なるほどですね。カネゴンは確かにユーモラスですがどこか暗い影を感じる怪獣
でしたからね。」
館長「1982年高山氏は順天堂病院で息をひきとることになる。享年65歳。
短い一生だったとわたしは思う。しかし高山氏は「怪獣同好会」という子供から
大人まで様々な年齢層の人間たちの会に囲まれながら眠るように息をひきとったという。
おそらくこの時、高山氏は『幸福』であったのではないだろうか?」
影姫「確かに。子供たちにまで惜しまれて息をひきとることのできる人物などそうは
いないでしょうからね。」
館長「この『カネゴンの日だまり』は最後に高山夫人の言葉で締めくくられている。
「怪獣とそれを愛してくれた子供たちと出会ったことが、高山の人生の最良の出来事だ
ったでしょう。それは絵描きとして絵がいっぱい売れることより、ずっと価値があったと
信じています。」と」
影姫「なるほどですね。」
館長「わたしも同感だ。「売れない画家」として生きるより「子供に愛された怪獣おじさん
」として生きた自分の人生を高山氏はきっとあの世で誇りに思っているだろう。」
影姫「同感ですわ。貴方。」
館長「では高山氏に敬意を表して一篇の詩を捧げよう。」
『宇宙は平和のために
 開かれるべき扉であったのか
 いたましい
 美しい言葉をもって
 彼を飾るな
 または何の石碑も
 そして彫り付けられた銘板も』(松本賀久子『ジャミラ希念日』(風塵社)より引用。)
館長「この詩は宇宙で怪物化して地球に帰ってきて死んでいった悲しい怪獣「ジャミラ
に捧げられたものだ。」
影姫「悲しい詩ですね。ところで・・・この本に『帯』がついていないのはなんとも
「痛い」ですね。」
館長「馬鹿者・・・それを言うな・・・(なぜか額から油汗を流す館長)」
というわけで。
江宮隆之『カネゴンの日だまり』(河出書房新社)のレビューでした〜!!
(おしまい)